ーー似た者同士ーー





























































































沈んだ意識が覚醒に向かう感覚が近付いてくる。
嗅ぎ慣れたいつもの消毒薬とは違う匂いに、 のまぶたはゆっくりと開かれ、見慣れぬ天井にここまでの記憶を手繰ろうとした。

「おー、意識戻ったか」

しかし、それより早くこの場がどこかを理解できる相手から声がかけられた。
久しく見るその顔を見上げた は、未だに微睡みが絡みついたままの声音で問うた。

「・・・ここ」
「お察しの通りだ」

しばらく身動きを取らずに居た だったが、ベッドの横に座る相手から視線を剥がすと各種チューブが繋がったままの両手を持ち上げ、入院着の胸元を掴みガバリと両側へと 開く。
しかし、本来なら開腹されたガーゼが当てられているだろう予想した光景ではなく、肋の間を狙った数カ所のみにガーゼが当てられていたことで、 は怪訝な表情を浮かべた。
一方、起き抜け一番の行動にしては奇行のそれを目の当たりにした の従兄弟である孝徳はにぎょっとしたのもつかの間、慌てたようにカーテンを引いた。

「おま!・・・女だろ、恥じらいってもんが無いのか」
「・・・開いてない」
「おー、今回は導入予定だった内視鏡使ったからな。外傷は元々家入が治したらしいし、念の為、向こう戻ったらもう一回診てもらえよ」
「・・・お手間を、おかけしました」
「仕事だ仕事」

緩慢に答える にひらひらと手を振り孝徳は再びカーテンを戻した。
入院着を整え終えた は慣れた動作でベッドを起こすボタンを操作し自身の状況確認を始める。
その様子に、孝徳はもう不要となった計器類を外しながら、思い出したとばかりに口を開いた。

「あ。今、芋焼酎にハマってるから3Mな。それか叙◯苑の焼き肉って言っとけ」
「お世話になった看護師さん達の分も手配しておきますよ」
「は?・・・マジか。呪術師ってんな儲かるのか?」
「使う予定がないだけです」

ゆっくりながらも意識が徐々に覚醒して来ているやり取り。
と、会話が途切れたことに気付いた は点滴袋に書かれた薬剤名を追うことから孝徳へと視線を移した。

「・・・」
「何ですか?」
「お前、噂じゃ子持ちになったって聞いたんだが、金かかるんじゃねぇの?」
「噂じゃなく硝子さんから聞いたんでしょうに。子持ちとは違います、後見人の方のフォローに入ってるだけの単なる手伝いです」
「ほおー、その割に目にかけてるって聞いてるぞ」
「こっちの事情はそっちに関係ないでしょう」
「いや、もしかしたら身内になるかも知れないだろ」
「どういう思考回路ですか」
「オレのことはめっちゃ頼りになる敏腕ドクターって言っとけ。あ、絶対『お兄ちゃん』って呼ばせろよ」
「かまってちゃん止めてください」
「かまってちゃん言うな」

妙な方向に勘違いしている孝徳に、 は小さく息を吐くと、自身から話題を離すべく話を変えた。

「そちらこそ、外科部長になったと伺いましたよ」
「げ。家入のやつ、んなことまで喋ったのか」
「病院では大出世らしいじゃないですか。おめでとうございます」
「おう、祝われ感皆無なおめでとうだな、斬新」
「お祝いは硝子さんから受け取っているはずですけど」
「は?いつだよ」
「この間、一緒に飲まれたんですよね?」

事実だが指摘の話がどこにあったかを思い出そうとしているのか、わずかに間ができる。
そして、

「・・・え!あの日本酒、お前からかよ!」
「硝子さんからは日本酒が好きだと聞いてたんですが、アップデートしておきますよ」
「ったく、担がれたぜ。オレの倍は飲みやがって・・・はい、霞。
おー、そうか。なら迎え来てもらえ、意識戻ってるからな。
・・・問題ない、元々処置だけの急患だからな、療養は引取先の仕事だ」

病院内用の専用携帯からの連絡に、どこからの連絡か予想がついた が孝徳に尋ねた。

「高専からですか?」
「おう。迎えはエントランスに来る」
「じゃ、お世話になりました」
「待て、点滴終わるまでは寝てろ」
「いえ、もうエントランスに向かいます」
「待て待て待て。全麻したんだっつーの、まだ抜けてねぇだろ」
「いや、早々に失礼しーー」
ー、パフェ食いに行くぞー」

場所をわきまえない呑気な大声。
我が物顔での登場した人物に、あっけにとられ固まる孝徳の隣で は盛大に溜息をついた。

「こうなる前に出たかったんですが」
「・・・マジか」
「ほれ、伊地知が今車で向かってるってよ」
「どこで私が起きたの知ったんですか?」
「それよかノック・・・」
「僕ってば最強だよ?」
「説明になってませんからね」
「ここ病室・・・」
「ほれ、硝子から着替えだってよ」
「え、ありがとうございます」
「話し聞け・・・」
「お、あと10分で着くってよ」
「なら着替えるので、出て行ってください」
「オレかよ!」
「はは、ざまぁ」
「何笑ってるんですか。五条さんもです」
「はは、ざまぁ」
「うるせぇ!」
「あー、ナースステーションですか?病室で霞先生と見舞客が喧嘩してまして手に負えないので助けてください」
「「ちょっと待った!!!」」

ナースコールの直後、本当に看護師が警備員連れてやって来たことで、悟と孝徳は揃って病室の外へと摘み出された。
そして待合室のソファーに悟と孝徳は互いに背中合わせに腰を下ろし の到着を待っていた。

「ったく、迎えに来てやったっつーのに」
「いつもあぁか?」
「あ?」

年甲斐もなく口を尖らせる男の後ろで自販機で買ったコーヒーを飲みながら孝徳は繰り返した。

「あいつはいつもあんな負傷具合なのかって聞いてんの」
「んなこと知ってどーすんの。関係ねーじゃん」
「はぁ・・・あいつもおんなじ事言うんだよなぁ」

悲しみとは違う、自身の想定外だった覚悟に戸惑いをわずかに見せる孝徳は、自身を落ち着かせるように再度コーヒーを傾ける。

「あんたら呪術師がえらく命張った仕事ってのは分かってたつもりだったんだがな。
正直、昨日の連絡は衝撃だった」

そう言いながら、手元を見下ろした。
思い出される約12時間ほど前、搬送された をストレッチャーに移し、事前に手配していたレントゲンを取らせすぐに執刀へと移った。
だが、患者が自身の身内だからか、普段の一般人が当たり前と思っていたためか、手術衣で隠されていない体の傷を目の当たりにし驚かなかったというのは嘘に なる。

「結構な数、執刀してきたオレもなかなかお目にかかれない傷跡ばっかだ。
家入が優秀なのは知ってたが、あいつが居てもあそこまで傷を負うものなんだな」
「それは単にあいつが弱いだけでしょ」
「弱いのか?」
「やり方が悪いっつーのもある」
「やり方?」
「あいつの傷跡はほとんどあんたらみたいのを助けたり庇ったりばっかの余計なケガっつーこと」
「・・・」
「見捨てりゃ4/5は余計な負傷してねーっつーのに」

その言葉は、裏を返せば庇わなければ傷を負うことは無かったということ。
救うべき相手が居るから、居てしまったからこそ身を挺してまで救おうとして日々命を削っているという事実。
これまで搬送された高専から受入要請のあった患者達の多くは、興味本位でそのような場に足を踏み入れたがために負った怪我だった。
全てではないにしても、事情が朧げに分かってしまうだけに、自身とは無関係とはいえ、自身と同じ非術者の軽率な行動があのような傷を負わせてしまっている 負い目に孝徳の声は沈んだ。

「なら関係なく無いだろ」
「無いっつーの、知らねーなら平和で何よりじゃね」
「嫌味かーい」
「あいつが言ったんだろ、『関係ねー』って」
「だからそれがーー」
「パンピーがこっちの事情を知らねーってことは、それだけ呪霊の影響が無いってことだろ。
結構なことじゃん」

悟の言葉に孝徳は目を見張った。
そう。
自身はそれらの超自然的ともいう存在を見ることができない側。
そしてそれは世間的には『存在しない故にそれに対して影響も無い』という呈が政府で取られている方針。これがこの国の社会秩序を守っている。
しかしそれを認識できる側では、その世間一般の認識を通すために身を削っているが、それを世間に明るみに出すことはしておらず、そして出すことなく闇に葬 り続けている。
全ては、多くの見えない側が当たり前の世間一般を過ごせるためのこと。
医療に携わる者なら痛感している、『当たり前』がいかに貴重なものかを。
それを守っている者達の至極当然だというスタンスは、貴重さを知る故の立場の者からすれば、あまりにも崇高な行いに思えた。

「うわ・・・ちょっと感動しそうなんですけど五条さん」
「キモい言い方やめれ」
「お待たせしました。二人共、病院なんですから待合室で騒がないでくださいよ」
「騒いでないわ!」
「騒いでないでしょ!」
「うるさいです」

気怠げな声ながらも両断した は、そのまま出口へと歩き出す。
そして悟へ先に車に戻れとばかりに、シッシッと手を振り追い払う。
ぶぅたれながらも玄関口へ横付けされた車へと乗り込む悟を見送り、 は孝徳へと向いた。

「それではお世話になりました、お礼はまだ後日に」
「おー、あいつはもう連れて来んな」
「お騒がせしましたがあの人はいつもあんな感じですので諦めてください」
「ちっげーよ。ナース達の仕事が手に付かねぇ、業務妨害だ」
「あはは、無駄だと思いますがお伝えしておきます」

以前と変わらない態度。
こちらに向けられる笑みの下で、こちらの想像もつかないような危険な日々を過ごしているはずなのに、世間は彼らの活躍も努力も知ることはない。
それでいいと言われても、それを知り目の当たりにしてしまった今では、知らなかった頃のように軽口を叩ける気は起きなかった。


「はい?」
「あー・・・その、なんだ・・・」

掛ける言葉は、何が正解か分からない。

「縫合忘れた箇所でもありました?」
「あ?んなわけねーだろ」
「ま、知ってました。流石は外科部長様、肩書に見合った腕前です」
「当ったり前だろうが」
「えぇ、おかげで助かりましたから」

まるで心を見透かされたかのような軽口を返される。
『何も知らなくていい』
だからいつも通りでいろ、というような言外のやり取りに孝徳は咳払いをすると、今度は言い淀むことなくいつものような言葉をかけた。

「あー、あれだ。あんま無茶すんなよ」
「えぇ。あまりそちらの手を煩わせないよう善処します」
「善処かよ」
「確約は職業柄ちょっと」
「・・・そうだな」

事情を知っているだけに、安易な言葉を使わないことを知って孝徳は改めて続けた。

「気を付けろよ」
「はい」

短い言葉の裏に込められた願いに、 は想いを受け止めふわりと笑い返すと、待機している車へと踵を返すのだった。










































ーー迎えのその後は・・・
五「んじゃ、パフェ食いに行くぞ」
 「一応、術後明けの病み上がりなんですけど」
五「大丈夫大丈夫、食べるのは僕だから」
 「お一人でーー」
五「えー、食べれない奴の前で食べるとめっちゃうまいじゃん」
 「・・・はぁ、もう面倒なのでご一緒します」(「分かりました、もともと奢る約束でしたしね」)
五「逆じゃね?」



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2025.01.08