ーートラップーー











































































































担当していた術師の送迎が終わり、溜まっていた事務仕事を粗方終えたあかりは、次の任務の打ち合わせのためタブレットを手に木張りの廊下を歩いていた。
その途中。
ちょうど帰ってきたらしい他の補助監督が駐車場に止めた車から降りてきた。
後部座席からは見覚えある後ろ姿。
と、任務完了後の挨拶やら事務連絡やらの短いやり取りを終えたらしく、同僚が術師に深々と頭を下げ相手を見送る。
これから向かう途中でもあったため、駐車場近くに立つ相手、先月から配属となった新人にあかりは声を掛けた。

「おつかれ様っす」
「あ、新田さん。お疲れ様です」
「負傷っすか?」

こちらに向いた新人の上腕の包帯に気付いたあかりが聞けば、負傷している割に嬉しそうな明るい声が返される。

「ええ。でも手当してもらえて逆にラッキーっていうか」
「は?」
「ほら、今日同行した術師ですよ」
ーーピクッーー

届いた声に眉が動いた。
そんな第三の気配に気付くことなく、補助監督の二人の雑談は盛り上がっていく

「あー、あの人は家入さんの補佐もしてる人っすからね」
「そうなんですね!術師として戦える上に手当までできるなんて凄いですね!」
「そうっすね。その上あの人、補助監督の事務仕事も何げに分かってるんでめっちゃ助かるんすよ」
「マジっすか!やば」
「それで階級は準一級の実力っすからね」
「でもその割に他の術師みたいなとっつきにくさとかないですよね?」
「そりゃ、そこはまぁ・・・伊地知さんと同期だからじゃないっすか」
「あの人と同期!?あー、そういえば仲良さそうによく話してますよね・・・もしかして彼氏なんですか?」
「彼氏ではないよ」

ぬっ、と突然現れた男。
気配が今までなかっただけに、あかりは飛び上がるほど驚きながら、どうにかして会話に割言ってきた男の名を呟いた。

「げ、夏油さん!?」
「だよね、新田さん?」
「そ、そっスね!
あーっと!そう言えば急ぎの報告書提出しに行く急用があったっス!じゃ!自分は忙しいんでこれで!」

傑の言葉に首がもげるくらい頷くと、提出すべき書類などその手にないはずのあかりは脱兎の如くその場から消えた。
その後ろ姿を不思議そうな顔で見送る新人に、傑はにこやかな笑みで続けた。

「楽しそうな話をしていたね」
「あ、聞いてました?術師って補助監督にも気を遣ってくれるじゃないですか?」
「そうだね」
「その上、人当たりも良くて優しいし」
「うんうん」
「それにほら、こういう業界なのに女らしさも持っててオレ達の間でも人気なんですよ」
「ふーん、それで?」
「それに彼氏も居ないって夏油さんから聞いちゃったから今度食事でもーー」
「それは無理じゃないかな」

にこやかに、だが有無を言わさない圧で傑は遮った。

「え・・・」
「だって、彼女は既婚者だからね」
「ええ!?」
「仕事の関係で旧姓を使っているだけだからね」
「へ、へぇー、そうだーー」
「ちなみに今の名字は『夏油』だけどね」
「・・・」
「あ、夏油さーん」

と、廊下の先から、話題の人物がやってくる。
付箋が貼られた書類を手にしているところを見ると、仕事の話ではあることは予想できた傑だったが、にっこりと満面の笑みを浮かべその者を呼んだ。

「どうかしたかいマイハニー」

高専では使われない呼称に呼ばれた方のの表情が呆れたように歪んだ。

「・・・酔っ払ってるんですか?」
「いやいや、たまにはこういう出迎えも嬉しいだろ?」
「仕事中は控えてください。それより学長が打ち合わせしたい件があるそうなんですが」
「分かった、すぐに行くよ」
「お願いします。恐らく、この件だと思うので目を通しておいてください」
「あぁ」
「では、私は一年生の授業があるので」

手早く用件を告げたは足早にその姿は離れていく。
あかりの話にあった通り、まさにデキる姿そのもの。
と、その人の元へと学生が一人二人と集まっていく。
後ろ姿からも術師としてだけでなく人間としてもできていることがわかる。
だが、まさかその人物が既婚者で、その相方に公然と手を出す発言をし続けていたことに新人補助監督の顔色は青ざめていく。

ーーポンッーー
ーービクッ!ーー
「そういうワケだから。他人のモノに色目を使うのはやめた方がいいよ」
「そ、そうします!」

終始笑顔を崩さない傑に、男は悲鳴のような命乞いを返すのだった。




























































ーーひまつぶし
夏「
 「なんですか?」
夏「やっぱり旧姓で仕事するの止めないか?」
 「えー、だって手続きとか面倒なんですよ」
夏「そうだろうけど・・・」
 「それに補助監督のみんなにも旧姓で定着してますし」
夏「うーん、そうなんだけど・・・」
 「それに、今日みたいに新人くんをからかったりできなくなりますよ?」
夏「・・・聞いてたのか」





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2024.3.12