ーー相身互いーー











































































































頃は盛夏。
街中より山側にある呪術高専でも、この時期は蝉の声は耳に付き、特有の暑さに汗は流れる。
とはいえ、授業が始まる前はまだ夏らしい暑さによる過ごしにくさは少なかった。

「「あ」」

そんな涼しさがわずかに残る廊下に響いた二つの声。
予想外のアクシデントだと両者が思っているのか、微妙な間を置いてから、の方が先に口を開いた。

「久しぶり」
「そ、そうですね」

普通ならおかしな挨拶だろうが、間違いではない。
何故ならこうして顔を合わせるのは3日ぶりだった。
3日前、は一つ上の上級生と共に任務へと出ていた。
結果、任務は失敗。
上級生の一人、灰原雄は殉職し、もう一人の上級生である七海建人と一年のは瀕死の重症を負い生死の境を彷徨っていた。
助かったのはひとえに二つ上の先輩である家入硝子の腕があったからに他ならない。
だがそれでもこうして廊下で再会できるように歩き回れるまで面会謝絶だったのだ。

「今日、座学からだよね」
「え?」

3日ぶりの再会にしてはいつも通りの確認に、潔高は何の話を振られているのか理解するのに一拍遅れた。

「違うの?」
「い、いえ。違わない、ですけど・・・」
「そう」

確認を終えたは自身の部屋へと向かい歩き出す。
元々、雑談を好んでする人物ではない。
だが任務以前のように淡々としているのはおかしい。
いや、あまりに淡々とし過ぎている。
おかしい。
呪術師は死は身近だ。
身近な人は死に、自身さえ死にかけた。
いくら呪術師を目指しているとはいえそれではいけない。
このまま遠く離れて戻ってこないような気がして、潔高は思わず手が伸びた。

さん」

しかし呼び止めてはみたものの、伸ばした手は宙を彷徨うだけ。
その上、かける言葉を持っていなかったことに今更気付いた潔高は視線を泳がせるしかできなかった。
当然、の方は怪訝な表情を返す。

「何?」
「いや、その・・・」
「用がないなら先に行くから」
「待ってください!」

先ほどよりも強い語気には仕方なさそうに再度足を止めた。

「何?」
「・・・」
「体調悪いなら医務室行ったら?先生には適当にーー」
ーーパシッーー

早々に切り上げようと歩き出したを今度は物理的に止められる。
だが、再三の引き止めにの苛立ちは隠される事なく険を露わにした。

「さっきから何?言いたいことあるならーー」
「あ、あなたの方です!」

苛立ちを遮るように潔高が大きな声を上げた。
脈絡が掴めないはやや薄れた苛立ちの擬音を返す。

「は?」
「休む必要があるのは さんですよ!」
「治療はとっくに終わってるよ。硝子先輩に診てもらったし、戻っていい許可も出てる」
「そ、そういうことでは!」
「はぁ・・・」
ーーパンッーー

埒があかないとばかりには掴まれていた手首を力尽くで跳ね退けた。
次いで、同級生に向けるにはいささか行き過ぎな低い、下手をすれば恫喝の声を這わせる。

「言いたいことあるならはっきり言って。それができないなら構わないで欲しい。
腫れ物扱いされるのは正直面倒だから」

過去の暗い記憶と重なる数年前に、は小さく舌打ちをつく。
そして反応を示さない潔高に構う事なく再び背を向けた。

ーーパシッーー
「いい加減にーー」
「無理していることぐらい分かります」

激情から反射的に上がったもう片方の拳とは裏腹に落ち着いた声がの耳に届く。
身動きを止めた相手に対し潔高は静かに続けた。

「まだ半年程度の付き合いですが、それでも今のさんはいつもの調子じゃありません」
「何を根拠に」
「慕っていた先輩を目の前で亡くして、数日で心の傷が癒えるわけないじゃないですか」
「その傷に甘んじられるのは身内の権利でしょ・・・何もできなかった私にーー」
「悲しんで当然でしょう!」

悔いが滲むの言葉をひっくり返す勢いで今度は潔高の方が捲し立てるように声を張り上げた。

「何度も任務を共にして、あなたが何もしなかったことなんて一度もないでしょう!
ただ傍観していただけのように言うのは違います!」
「・・・」
「あ・・・」

驚いたようなに我に返ったのか、潔高は先ほどの勢いが破裂するような勢いであっという間に背を丸め呟いた。

「す、すみません。偉そうな事を・・・」
「・・・なんで、謝るの」
「そ、その・・・当事者でもない自分が口を挟めないのに・・・」

すっかり小さくなった潔高の申し訳なさ全開の態度には小さく詰めていた息を吐き出す。
虚を突かれた所為か、先ほどの苛立ちが消えたは潔高の言葉に平坦な声で返した。

「伊地知くんこそ、灰原先輩と仲良かったでしょ・・・」
「それは、そうですが・・・目の前で失うことが、それに自分が何もできないことの辛さは少しは覚えがありますから」

その言葉に、は目の奥が熱を持った気がした。
込み上げてくる本流を下唇を噛みグッと堪えれば、初めて潔高と視線が交錯する。
そして今まで視線が下を向いていたことに気付かなかったほど、相手の目元は赤い。
それは医務室の鏡で嫌というほど見覚えがあった。
潔高は腫れぼったい目で安心したように緩く笑った。

「良かった、やっと目が合った気がします」
「・・・」
「私は悲しむことが、泣くことが悪いことのように言うのは少なくとも違うと思います」
「・・・っ」

それで限界だった。
泣き尽くしたはずなのに、もう泣くまいと決めたはずの決意は脆く崩れ去る。
声は押し殺しても、くぐもった嗚咽と小さく震える身体では立っていられない。
膝から落ちるようなを潔高は優しく抱き留めた。

「もう少しゆっくり休んで大丈夫ですから」
「っ・・・ごめ・・・」
「謝らなくていいんです。こちらこそすみませんでした」
「・・・んで、よ・・・」
「きっと決意を揺らしてしまったと思うので」

切れ切れの言葉に返された潔高に涙はあふれるばかり。
嗚咽しか返せなくなったの背をさすりながら、潔高はもう多くを語らず一言を付け加えた。

「私の肩ぐらいならいつでも貸せますから」



























































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2024.3.12