ーー○○が始まる音ーー


















































































































「はぁ・・・」

深々と息を吐けば、白い靄が空へと吸い込まれていく。
それをしばらく見上げていただったが、見上げた所為で寒風に首がさらされ、悪寒が走り首に巻きついたマフラーにさらに顔を埋めた。

(「うー・・・寒っ」)
ーートッーー
「?」
「お疲れ様です」

聞き慣れた声に軽い衝撃を受けた左側を見れば、恵がの肩と合わせるように座っていた。
思わぬエントカウントにやや驚きながらも、は寒さで深まっていた眉間の皺を消して表情を緩めた。

「恵くんお疲れ。これから任務?」
「いや、帰りです」
「そうだったんだ、怪我無い?」
「うっす」
「良かった。強くなったね」

昔の癖で無意識に手が伸び、高くなった頭を撫でようとした。
が、まるで透明な壁に阻まれたように停止した。
寒空の下、待ちぼうけを食らわされているため、今の自分の手は冷たいことは間違いない。
折角任務が終わったのにそんな手で撫でられるのは嫌がらせに近いだろう。
そんな動きを止めてしまったに恵が不思議顔を向けてきた事で、はぎこちなく取り繕うように手を離した。

「?」
「あ、いや・・・もう撫でられる歳でもないよなって」
「・・・」
「ごめんね、周りの目も考えないで。
今日は寒いから暖かくして風邪ひかないようにしてね」
「はい、ありがとうございます」

上げていた手でコート越しの肩を叩けば、素直に頷いた恵が腰を上げ去っていく。
ひらひらと手を振って見送ったは、ホッとしたように肩の力を抜いた。

(「恵くん、怪我がなくて良かった・・・私も早く任務終わらせて帰ろ。
それにしても寒すぎ、ってか補助監督遅い・・・」)

ポケットに手を入れていても一向に暖を取れない上、血の気がない両手を擦り合わせるも、感覚が戻って来ない。
焼け石に水と思いながらも、は両手に息を吹きかける。

「はあぁ・・・」
「あの」
「?」

再びの聞き慣れた声。
まさか、と思って恵が去っていた方向を見れば帰ったと思った人物が立っていた。
驚いたは目を瞬く。

「あれ、帰ったんじゃ・・・」
「帰りますよ、その前にこれどうぞ」

隣に再び座った恵が手渡したのは、ココアと使い捨てカイロ。
しかも丁寧にキャップは一度開けられ、カイロは温かくなっている気遣い付き。

「これ・・・」
さんって、寒がりじゃないですか。こんなところで待ってれば冷えますから」
「わざわざ買ってきてくれたって・・・天使か」
「違います」

目頭を押さえるに即答で答えた恵に礼を言ったはココアを傾けた。
冷えた身体にじんわりとしみわたる。
カイロのお陰で指先にも感覚が戻ってくるのが分かった。
しばらくして、ひと心地つくと隣に座る恵には感心したように言った。

「でもよく分かったね、私が寒がりって」
「昔、うちに来てたときよくオレで暖取ってたので」
「やー、あれは恵くんが寒いと思ってだね・・・」
「それに、こんなに手が冷たいじゃないっすか」

片手を恵に取られる。
相手の温度が高いことが分かるほど自身の手が冷え切っている事が分かり、思わず引っ込めようとしたがそれを拒むように恵は力を込めた。

「氷みたいっす」
「ちょっと、恵くんが冷えちゃうよ」
「オレはもう任務終わってますから」
「もー・・・そういうことじゃなくて」
「じゃ、こうすれば大丈夫っすよ」

そう言っての片手を解放した恵は両手を合わせる。
その形は彼が使役する式神を顕現される術式。
恵の影から現れた2匹の白と黒の大型犬のような式神・玉犬がの背中側と、恵と挟むようにの隣に陣取るとの膝に伏せの状態となった。
確かに、これなら長時間でも寒さ対策となることには破顔した。

「ホントだ、これは暖かいや。
玉ちゃんたち久しぶりだね〜、それに可愛い〜、いやし〜、任務行きたくなくなーー」

言いかけた解放されたの片手が再び恵によって握られる。
そしてそのまま恵のポケットにの手を掴んだまま突っ込まれた。
驚く隣からの視線に目を合わせず、恵はぼそりと呟く。

「・・・さんが暖まるまでこうしてますよ」
「私、これから任務なんだけど」
「なら補助監督来るまで居ます」
「せっかく任務終わったのに、帰って好きなことしたら?」
「居ます」
「・・・じゃ、お言葉に甘えようかな」

頑として譲らない恵に折れたは、厚意に甘えそのまま待ち人を待つこととした。
寒空の下、小さな喧騒だけが二人を包んでいく。
会話が無い中、出し抜けにが笑った。

「ふふ、いつかと逆になったね」

懐かしむような声に重なる状況を思い出してか、恵は不機嫌そうに口を尖らせた。

「・・・もうガキじゃないっす」
「知ってるよ。
最強にしごかれたんだもん、嫌でも実力は付くよね」
「・・・あの人の話は要らないです」
「でもそのお陰で、こうして一人で怪我もなく任務できてる点は私は感謝なんだけどな」
「・・・否定はしないですけど」
「けど?」
「・・・」

続きを待つも、隣からは難しい顔しか返らない。
黙ってしまった恵に特に突っ込まず、はだんだんと暖まってくる身体に幸せを感じながら流れた時間に当時と今とを振り返った。

「あー、それにしてもなんか感慨深いなぁ。
恵くんはとっても強くなったし、いつの間にか私より大きく育ったし、カッコよくなっちゃたし」
「・・・からかわないでください」
「あれ、本当のことしか言ってないのに」

裏のない声で笑いながらは隣を見る。
そんな笑顔を受けた恵は小さくため息をつくと、再び前を向いたまま反論するように続けた。

さんは昔から変わらないですね」
「そうかな?出会った頃に比べたら結構鍛えたし、今でも恵くん抱えるくらいはできるよ」
「止めて下さい」
「怪我したら容赦なく抱っこするから覚悟しててね」
「・・・絶対怪我しません」
「それに私も一応、呪術師としてはそれなりに強くなってるつもりだし、昔より変わったと思うよ」
「・・・そういう意味じゃないっす」
「ん?」

恵の指摘に玉犬を撫でていたの手が止まる。
再び隣を見れば、今度はこちらと視線を合わせた恵がを見下ろし続けた。

「優しいとこ、昔から変わんないっす」
「そうかな?」
「さっきは手が冷たかったからオレに触らなかったとか」
「はは、何だバレてたんだ。洞察力まで磨かれちゃっては先輩として立つ瀬がないなぁ」
「そんなことないっす」
「ふふ、恵くんの方が優しいね」
「・・・そんなことないっす」

照れ隠しが分かる隣に、は温まったもう片方の手で恵の頬に手を当てた。

「!」
「そんなことあるよ。優しくされてることに気付ける人が一番優しいんだから」
「・・・」

あの人もそうだった。
何かにつけて、こちらを気遣うばかりで自分のことは後回しで最後の最後は手の届かないところへと行ってしまった。
決して誰にも語ることはないだろうが、僅かでも重なる姿を見てしまうと一抹の不安がよぎる。

「だからさ、恵くんは世間的な考えとか一般的にとかに囚われないで、恵くん自身の考える信念というか考える通りに進んでね。
そうしてくれるのが私も一番嬉しいし」

それに、それで救われる人もきっといる。
彼は差し伸べる側。
私はその手助けしかできない。
力を持つからこそ弱者を助けるべき、という正論ではなくブレない自身の意志の元に道を歩いて欲しい。
その淡い願いから出た言葉だった。
苦い経験から得た呪いとならないよう、選択する意志を委ねたの言葉。
僅かににじむ苦しそうな、下手をすれば泣きそうな表情のを見た恵は、自身のポケットに握っていたの手を握る力を込めた。

「良いんですか?呪術師が一般常識とか無視しちゃ・・・」
「呪術師は弱者を救う正義の味方じゃない」

恵の言葉に、即座にが返した。
下手をすれば呪いが込められていると錯覚しそうな影が一瞬よぎる。

さん?」
「と、いうのが私の持論かな。実際それでいいと私は思ってるし」
「・・・」
「ま、これは私の考えだからあくまで参考の一つね。
確かに一般常識・倫理観は大事だけど、呪術師はそれの外側にいるみたいなものだし。
それに社会の枠とか、常識とかは歪むしね、何よりその枠に潰される人を私は見てきたからさ。
自身の信念で動いてくれた方が安心するんだ」

言葉の全てが相手を気遣うものばかり。
痛みを負ったからこその説得力のある台詞。
どこまでもこちらを心配するようなに恵は嘆息した。

「・・・そういうとこっす」
「ん?」
「呪術師としてとか、ガキだからとかじゃなくて、オレの意志とか気持ちを一番に考えて、言葉にしてくれるのはいつもさんだけでした。
その言葉をかけてくれるさんが居るだけでオレは救われてましたし、他人にそんな風に言えるさんも同じくらい優しいと思ってます」
「・・・」

恵の言葉には目を瞠った。
身の丈に合わない言葉の羅列。
でも、もし・・・僅かでも自分の言葉で心を軽くしてくれていたのだとしたら、それだけで苦しみが和らぐ気がした。
そんなの心情を知る由もない恵は、沈黙を続ける相手に段々と自身の吐いた言葉が恥ずかしくなり寒さのせいではない顔を染め苦々しく呟いた。

「・・・あの、何か言ってください」
「いや・・・どこでそういう殺し文句覚えてくるのかなぁって。これも五条さんの入れ知恵?抗議案件なんだけどな・・・」

の方もはぐらかすようにしながら頬に当てていた手が離れる。
と、そんなの手が勢いよく掴まれた。

ーーパシッーー
「こんなこと言うの、さんだけです」
ーードキッーー

真剣な恵の表情には思わず身を固めた。

「・・・そう、なんだ」
「はい」

視線を逸らすことを許さぬ射すくめる眼光。
胸を打った鼓動に戸惑いながらもはなんとか返事を返した。

(ドキ?)え、っと・・・ありがとね」
































































ーーにぶちん
 (「まさか不整脈?そんなことを気にしないといけない歳とは・・・」)
伏「さん、良ければ任務終わったら飯行きませんか?」
 「ご飯か〜、久しぶりだし良いね」
伏「店、どうします?」
 「んー、恵くんのチョイスにお任せする」
伏「・・・任せてください」(気合)
 「よーし、それじゃあ任務頑張ろっかな〜」


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2021.12.01