は食堂にやってきた。
アジア支部から黒の教団本部へと行くとなると、相当な日数を要する。
その前に、世界で一番美味しいここで腹ごしらえをして行こうと立ち寄ったのだ。
メニューを決めたは、配膳口から調理場を覗いた。
何故か手には拡声器を持って・・・
ーーその理由わけはまだ誰も知らずーー
「ズゥ爺、八宝菜と杏仁豆腐。うずらの卵忘れないでね〜」
「・・・あいよー」
厨房に立つ老人から、すぐに返事が返ってきた。
は思わず目を瞬く。
そして、手元の拡声器とその老人とを交互に見た。
「珍し・・・まさか返事が返ってくるなんて」
「あぁ。何でも新しい補聴器を作ってもらったそうだぞ」
「なるほど、通りで・・・」
厨房の一人からの答えには納得した。
恒例とした一騒動ができなかったのは拍子抜けだが、まぁいいか。
しばらくして注文の料理が届き、はそれを堪能した。
「ん〜、やっぱりここのが一番よね〜v」
世界を飛び回ったが、やはりここの料理に勝るものはない。
ホクホク顔で杏仁豆腐を頬張る。
そして食事が終わる頃、の前の席にズゥがやって来た。
「本部への届け物は、お主がやるそうじゃな」
「あら、耳が早いわね。さすが・・・」
スプーンを咥え、にやりとが笑えばズゥも垂れた目蓋をくしゃ、と深め笑い返した。
「ふぉふぉ、儂は年老いた老いぼれ。噂好きが高じたというだけじゃよ」
「そーいうことにしておきましょ」
食事を終え、食休みに互いがお茶を飲んでいると出し抜けにズゥが口を開いた。
「よ」
「なぁに?」
「異動の話、また蹴ったそうじゃの」
「あぁ。だって、仕事増えるじゃない。
私にはアジア支部ここが性に合ってるの」
お、茶柱〜、との声が弾む中、ズゥは湯呑を置いた。
ーーコトッーー
「エクソシストの荷重が過ぎるここが、かね?」
ズゥの指摘に、は視線を湯呑から上げ、笑った。
「おかげで、私の実力が際立ってるでしょ?」
「・・・長続きする者が、おらんからのぉ・・・」
即答で返したに、ズゥは気落ちしたようにぽつりと呟く。
それを何も言わずに聞き流したは、お茶を飲み終え、立ち上がった。
「さて、と」
そして傍に置いていた鞄を手にし、肩越しに片手を振った。
「じゃあね、ズゥ爺」
「」
歩き出す背中を呼び止める声。
応じるようにその足が止まった。
「もし・・・」
言葉を探し、老人は言い淀む。
それをはただ黙って先を待った。
「もし、お主がーー」
「勘違いしないで」
ズゥの言葉をは遮る。
振り返った目に宿るは、冷え切った炎。
「私はエクソシスト。神に遣わされた、神の意志を遂行するただの道具よ」
はそれだけ言って、立ち去った。
その背中を見送りながら、ズゥは小さく息を吐く。
「・・・それでも儂は、お主に・・・」
老人の囁くような呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
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2013.9.24