黒の教団、アジア支部指令室。
薄暗い部屋に大量のモニターが浮かび、いろんな角度の光景が広がる。
その中央。
大量の書類が山積みになっている一角に、向かい合う人影があった。
一方は机に両手を付いて身を乗り出し、もう一方はソファに優雅に座り腕と足を組んでいた。
ーー仕方ないので、行ってやる事にしたーー
「・・・は?」
「いや、『・・・は?』じゃなくてだな・・・」
理解出来ない、とばかりな一文字の返事に、言い聞かせるような声が続く。
しかし、言い聞かされるつもりは毛頭ないようで、鈴の音のような軽やかな声が、きっぱりと断言した。
「そんな使いっパ、暇な奴にやらせればいいでしょ」
「だから、その暇な奴に頼んでるんだが?」
「そんな奴、どこにいるのかしら?」
ーーダン!ーー
「オレ様の目の前だ!」
机を叩いた男は、ここアジア支部支部長、バク・チャン。
文字通り、この支部では最高権限を持っている。
その男に対し、先ほどから煙に巻くようにあしらっているのが、ソファに座り、シャンと背を正している女性。
ウェーブのかかった長い暗紫の髪、切れ長の目に長いまつげ、熟れてぷっくりとした唇。
そして、左胸に光るローズクロス。
その団服に袖を通すことが許される神の使徒。
アジア支部にたった一人在籍するエクソシスト、・。
きゃんきゃんと騒ぎ立てるバクの言葉を右から左に流したは、一つ、ため息を零す。
そして憐れみの篭った視線を向けると、
「バク・・・ハゲあがる前に幻覚まで見始めるなんて・・・
これじゃぁ、リナリーに余計に嫌われるわね」
「なあぁっ!!な、なっ、なぁーー」
「ほらほら、また蕁麻疹が出てるわよ?」
ーーパタンーー
「バ、バク様ぁ!」
お得意の蕁麻疹に倒れたバクは、補佐役のウォンに介抱され、しばらくしてからようやく話せるようになった。
何故か机の上に敷かれた布団の中からだが。
「い、いいか、。
今、うちで手が空いてるのは君だけだ」
「だから私に行けって?バク、あんた何様のつもり?」
ーーガバッーー
「立場上、君の上司だ!」
ヒステリーに叫ぶバク。
二人のやり取りを、傍ではウォンがおろおろと成り行きを見守っている。
しかし、は先ほどから尊大な態度を崩さない。
「そんなの、本部の奴らに取りに来いって呼びつけりゃいいじゃない」
「そんな人手があったら当の昔にやってーーゴホッゴホッ!」
「・・・毎回思うけど、蕁麻疹に咳は関係ないでしょ」
は呆れ返る。
その指摘にバクの額のタオルがずり落ち、ぐっと言葉に詰まった。
「あ、あくまでもやるつもりはないんだな?」
「そんなに言うならバクが行けばいいじゃな〜い」
両手を上げ、小馬鹿にするようには言う。
すると、額のタオルを握り締めたバクは、意を決したように口を開いた。
「・・・受けないなら仕方ない。あの推薦の件、中央庁に申請しておくぞ」
「!」
バクのその言葉に初めての表情が変わり、動きが止まった。
そして上がっていた手がゆっくりと下がり、今まで上げていた顔が俯くと、
「・・・ふふふ」
ーービクッ!ーー
妖艶な笑いは、バクは勿論、ウォンまで肩を跳ねさせた。
「へぇ〜、そ〜いうやり方するんだぁ・・・」
まるで黄泉からの手招き。
足元から這い上がる悪寒に震えながら、バクは声を裏返しつつ呟いた。
「き、君が今回の仕事を受けるなら、かっ、考え直すつもーー」
「分かったわ」
「へ?」
思いがけない答えに、バクは耳を疑う。
聞き間違いか、とばかりにの方を見れば、先ほどの声からは想像もできない綺麗な笑顔がバクの前にあった。
「本部への届け物、やってやるって言ってんのよ」
「ほ、本当か?」
「ええ」
「そ、そうか・・・」
ほ〜っと、バクは胸を撫で下ろす。
の方はというと、じゃ、用意するか〜、と伸び上がり席を立った。
そして部屋を出ようと扉が開く。
と、
「あ、そうだ」
「ん?まだ何かあるのか?」
くるりと振り返ったにバクが聞けば、
「帰ってきたら、恥で死なせてあげるわね、バクちゃんv」
向けられるのは笑顔でも、その背後に見えるのは、大鎌を舌舐めずりする死神の如く。
間違いなく怒っている。
から立ち昇る黒い気配に恐怖し、バクは布団から転がり落ちた。
「ひぃっ!」
ーードダァン!ーー
「バク様あぁぁぁぁ!!!」
「行ってきま〜すっと」
魂が抜けかけているバクに構わず、ウォンの悲痛な叫びを背後にし、は意気揚々と部屋を後にしたのだった。
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2013.9.24