Existence of the necessary〜third contact『必然の存在、探り合い』
「中東支部、サボってるわね・・・なんで目的地につくまでにこんなにAKUMAが・・・」
言葉の端々に、棘が見える。
「それに、何がアジアと中東の境よ。思いっきり中東の管轄だろっての」
は思いの丈を、口から途切らせることなく吐き出し続ける。
現在、当初の予定より3日も遅れている。の苛立ちは臨界点ギリギリだった。
そして、ようやく目的地の目印たる鉱山に到着した。
「ここか・・・」
首を巡らせれば、高い位置で結った髪が踊る。
メガネ(伊達)越しに見える光景は、廃れているということだけ。
仕事でなければ絶対に来ない所だ。
この一帯は乾燥地域であるため、かなり埃っぽい。
おかけで団服の上からマントも重ねる羽目になっているため、暑い。
それも苛立ちを募らせる一因だった。
「この近くに湖があって、それが奇怪を起こしてるってか・・・」
移動途中でみた報告書を思い出す。記憶に間違いはない。
だが、普通ならそれをサポートするはずの姿が見えない。
「ってか、ファインダーどこよ。自力で探せってケンカ売られてるのかしら?」
こうなると、詳しい場所は現地人に聞くしかない。
仕方なしにウロウロと街中を歩いていたその時、
ーードンッ!ーー
「おっと、悪いーー」
人にぶつかった。そして、向こうは謝罪を口にしたようだった。
が、間と相手が悪かった。
ーーガシッーー
「へ?」
胸倉を掴まれたことで、情けない声がこぼれる。
そして、
「どこに目ぇつけてんのよ。役立たずな両目、潰してやりましょうかぁ?」
笑顔に宿る殺意が男に突き刺さる。
の目の前にはいかにも浮浪者の装いの男。
櫛が通されていないことが分かるくしゃくしゃの黒髪、表情すら隠す厚い瓶底のような眼鏡、みすぼらしさを強調するような無精髭。
「も、申し訳ない・・・」
参った、とばかりにホールドアップする男。
だが、の怒りはそんなことで収まらなかった。
「ふん、謝って済むなら警察はいらないのよ。あんた、付き合いなさい」
「は?俺?」
「あんた以外に誰がいんのよ、ビン底」
「ビ、ビン底!?」
いくらなんでもあんまりな、という声に今度は、
ーーガシッ!ーー
顎を掴まれた。
それも、尋常でない力で。
「あぁら、文句あるの?」
「いふぇ、はりゃましぇん」
氷刃を突きつけられているような錯覚に、男はそう答えるしかなかった。
「で、どこに・・・」
「この町に湖あるんでしょ?案内してくれればいいわ」
事もなげにそう言ったは、どんどん歩みを進める。
が、
「そんなこと言われても、浮浪児の俺は、来たばっかーー」
ーーピタッーー
歩みが止まる。
あ、やべ、と男は呟いたが、後の祭りというもの。
くるりと振り返ったは、まるで虫けらを見下ろすような目で男を見た。
「あんた、ホントに使えないわね。何のためにそんなビン底かけてんのよ」
「いやぁ、悪いね」
「・・・・・・」
軽く謝れば、返ってきたのは再びの冷めた視線。
そして、
ーーカツカツカツカツ、ゲシッ!ーー
「痛っ!お、おい!俺が何したって・・・」
「その軽薄な謝罪、私の大っ嫌いな奴にそっくりでムカついた」
仁王立ちで自信満々に言い捨てた。
なるほど〜、と男は納得しかけたが、はたと我に返った。
「そ、それだけ!?」
「それだけ」
「ただの八つ当たりかよ!」
尤もな反論だが、は全く意に介さない。
「まぁ、いいわ。この町の案内板的な所くらい分かるでしょ?
そこも分からないってなら・・・」
「分かる!そこなら分かるから!」
「よし」
般若の亡霊が見えた気がしたが、見間違えでない気がした。
ひとまずそれが霧散した事で男は胸を撫で下ろすのだった。
そして目的地に到着すると、は深々と嘆息した。
「ったく、手間かけさせて、ビン底のくせに」
「俺のせいじゃーー」
「なんか言った?」
「イエ、ナンデモ」
素早いの切り返しに、ここでは黙るが正解と、ぐっと文句を呑み込む。
それを睥睨していただったがそのまま捨て置くことにした。
「ま、これで私にぶつかったことはチャラにしてあげるわ」
「・・・そりゃ、どーも」
男にはもう、それしか言えなかった。
その後、地図と睨めっこしているに、座ってタバコを吹かし始めた男は聞いた。
「で?お姉さん、こんな辺鄙な所に何しに来たの?」
「なんであんたみたいなビン底に、この私が教えてやんなきゃいけないのよ」
「うわぁ〜、連れないねぇ。
いいじゃんよ、教えてく・れ・て・もv」
語尾に何かをつけるような軽々しい調子の男に、の呆れた視線が肩越しに向けられる。
次いで、その口が開くと、
「キモイ」
暴言が飛び出た。
あまりの言い草に、文句の一つも言い返そうと、男は口を尖らせた。
「はぁ!?なんーーぐぇっ!」
が、再び胸倉を掴まれ、顔の距離がぐっと近くなる。
「どーして、そんなに私の事が気になるのかしら?
一体、誰の差し金?」
間近になったことで、眼鏡越しに顔がはっきり見える。
眼鏡をかけ、髪を結っているが、男には目の前の顔に見覚えがあった。
(「あれ、この女・・・」)
「は、は?何言ってーー」
僅かな動揺。
しかし、は詰問するように言葉を続ける。
「初対面の私が気になるなんておかしいでしょ?
裏がない、と思えるほど純粋じゃないの、私」
そう言って、の纏う空気がピンと張り詰めていく。
「ねぇ、貴方もしかしてーー」
まるでこちらを、挑発するようなそれ。
吐息がかかるほど間近にある熟れた唇。上から見下ろされる挑戦的な瞳。
男の喉がごくりと鳴る。
二人の距離はどんどんなくなっていく。
そしてーー
「新手の詐欺師?」
「・・・・・・へ?」
間抜けな声があがり、二人の距離がは一気に広がった。
「ま、それならそんな浮浪者の格好はしないわね」
ぱっとが手を離したことで、男は勢い余って尻餅をついた。
唖然とした男は、しばし固まっていたが復活すると、ようやく口を開いた。
「・・・・・・・・・お姉さん、とんだ食わせ者だね」
「褒め言葉ね。ビン底に言われても嬉しかないけど」
「ははは・・・」
終始、己様のに男は乾いた笑いを浮かべる。
内心の僅かな動揺を悟らせないために。
(「マジかよ・・・
これが、あん時に完璧なステップを踏んでいた奴と同一人物だとは・・・」)
ビン底の眼鏡越しに見れば、確かに記憶にある横顔。
あの時と違うのは、丁寧な口調でないことと、人畜無害な笑顔がないこと。
「ったく、ホントに私の周りには使えない奴ばっかりだわ」
(「そして、とんだ王女様・・・」)
胡座をかき、頬をぽりぽりと掻いた男ーーティキは、当然のように湧き上がった疑問を投げた。
「で、お姉さん何やってる人?」
普通で当たり障りのない質問。
それを受けたは、しばし思案すると、さも当然な顔で答えた。
「社会奉仕よ」
「・・・・・・はい?」
冗談だろ。一番、似合わないフレーズだ。
とは、口が裂けても言えなかったので、思うだけに留めた。
が、第六感でも持っているのか、の視線が鋭くティキを見据えた。
「何か言いたそうね?」
「いや〜、お姉さんにはピッタリな仕事だーー」
ーーゲシッ!ーー
「痛っ!!マジで痛い!なんで蹴られにゃならんの!?」
蹴られた部分(よりによって脛・・・)を押さえ、思わず涙声を上げれば、の方はけろっとして、
「白々しくて、なんとなく」
「なんとなくで蹴られたの、俺!?」
「みみっちいことに煩い。ビン底の上に、女々しくて狭量なんて。
あんた、それでも男?」
男として一番矜恃を傷付けられる台詞に、カチンときたティキ。
そして、立ち上がると見下ろせる位置にあるに向かって笑った。
「言うね〜、確かめてみる?」
「やってみたら?私が直々に切り落としてあげる」
「え、遠慮しまっす(震)」
薄ら寒くなった部分を擦り合わせるようにして、ティキは即答した。
恥じらいもなく言ってのけたは再び地図に向き直る。
そして、見当がついたのかよし、と呟いた。
「じゃ、私は湖に行かないといけないから。サヨーナラ」
「なに、もう行っちゃう訳〜」
「浮浪児と違って忙しいの」
は足元の鞄を手にすると、颯爽と歩き出す。
と、何かを思い出したのかその足が止まった。
「ん?まだ用でもあんの」
「貴方さーー」
ティキの問に答えず、は半身を構えて言った。
「嘘、隠すの下手過ぎ。
あと、浮浪児になるならコロンを控える事を勧めるわ」
「!」
の言葉に、ティキの動きが止まる。
それに薄っすらと口元に笑みを浮かべたは今度こそ、その場を後にした。
それを見送っていたティキは、ガリガリと頭を掻いた。
「参ったねぇ、何者だあの女・・・」
只者でないことだけは分かった。
疑問が湧き上がるにつれて、表情もどんどん歪んでいく。
思わず、その顔を隠すように両手で覆った。
「くっくっくっ・・・どんな顔で死ぬのかねぇ」
冷たい呟きは、誰の耳にも拾われることはなかった。
Back
2013.9.28