ーーそれぞれの出会いとこれからとーー
場所を森から海を臨める宿へと移した。
大きさからして明日到着予定の団員が過ごせるような広々としたスペースで、その部屋に背を向けるように海岸を見渡せるテラス席に置かれたビーチチェアで
はくつろいでいた。
寄せては返す波の音。
肘掛に頬杖をつきながら見つめる先にあるキラキラと波を弾く光景は、嫌でも懐古の記憶を呼び覚ました。
(「懐かしい・・」)
「なんだ?年寄りじみたことでも考えてんのか?」
物思いに耽ってたところから現実に引き戻される暴言。
不満気に隣を見据えれば、酒を持ってきたらしいヤミがビーチチェアに腰を下ろす。
以前と変わらず素行が悪い隣に、
は呆れたような視線を返した。
「相変わらず失礼ですね」
「それこそ今更だろ」
言葉通り、互いがどういう人となりかをすでに承知している仲でもあるため、その言葉に
は同意を示すように肩をすくめるだけで返した。
そして再び波打ち際へと視線を戻せば、しばらくさざ波の音に聞き入りながら先程の懐古の記憶を言葉に乗せた。
「こういう綺麗な海岸じゃなくて、もっと寂しい波打ち際だったなぁーって、少し思い出していただけですよ」
の言葉にヤミも視線を倣った。
魔法により手が加えられた海岸沿いは、確かに出会った頃のあの波打ち際とは違う。
だが広大なこの大海の先に同じ海岸が繋がっているためか、違うと分かっていても妙な懐かしさを覚える気がした。
「あれから本当に腐れ縁になりました」
「ま、お前が物好きだったからな」
「好奇心は旺盛だったことは認めます」
「俺は珍獣かよ」
「実際そうだったじゃないですか」
含みなく笑った
は、その当時に記憶を遡る。
いつものつまらない散歩の時間になるはずだったのが、海岸に一人きりで立っていた少年が見せた光景が一変させた。
初めて目にしたソレをただただ感動し素直に称賛できた幼いが故の無垢で偽り無い胸の高鳴り。
興奮に突き動かされ、気付けばその少年に駆け寄っていた。
『すごい!どうしておさかなをまほうもつかわずにとれたの?』
『は?なんだお前』
『すごいすごい!ねえねぇ!どうしてどうして?』
『な、く、来るなよ!』
『やだ!もういっかいみたい!』
『見せるか!』
当時の幼い自分には彼がどう噂されているかを理解しておらず、何故周囲がそこまで彼のことを疎んでいるかが分からなかった。
ただその時、魔法を使いこなせていなかった自分が目にした光景がひどく心を揺さぶったのは本当で、あの出来事がなければ日々に課せられる貴族の習わしとい
う名目の習い事や勉強が億劫になっていた自分には魔法というのも同じく同様だった。
あのままでは恐らく魔法そのものを好きにならなかった気がした。
「貴族のお嬢様がそもそも異邦人にキラキラした目を向けてくる方が珍獣だろうが」
「あはは、あの時は本当に魔法でも見てる気分でしたからね」
同じ頃を思い出していたらしいヤミにそう応じた
は、片肘をついたまま懐古の眼差しを波間に向け続ける。
テーブルを挟んで海を見つめるそんな横顔を一瞥し、ヤミも同じ波打ち際へと視線を向けた。
(「ったく、本当に長い付き合いになったな」)
だが、隣と違ってヤミが遡ったのは衝撃的な再会となったあの日だった。
まだ自身が 灰色の幻鹿から独立し、新たな団を立ち上げた直後。
大きな光彩窓を背にしたユリウスに呼ばれたヤミは面倒そうな態度で呼び出された当人を斜に構えて口を開いた。
『なんすか、俺だけにある話しってのは』
『ヤミ、新しく作った君の団に是非入りたい子がいるんだ』
『は?誰っすか、んな物好きは。俺の噂は知ってるでしょうに』
『ははは、まぁまぁ。実力は私が保証しよう。新たな団の立ち上げとなれば必然的に事務・書類作業も出てくる。君はそういうのはやりたくないだろ?』
『ぜっっっっってーやりたくねぇ』
『だが、団を率いるなら切っても切り離せない。彼女は君のその苦手な分野にもきっと力になってくれるよ』
『彼女って・・・女ぁ?面倒なヤツはゴメンっすよ』
『会って確かめればいいさ。さ、入ってくれ』
『失礼します』
ーーガチャッーー
『!』
『騎士団員としては、お初にお目にかかります。黒の暴牛団、ヤミ・スケヒロ団長』
『お前・・・』
『そして、幼馴染としては久しぶり』
時間に置き換えれば10数年ぶり。
陽光に照らされたふわりと笑った笑みは当時の面影をわずかに残していて、用意していた文句と悪態は結局不発に終わったのを覚えている。
訃報の噂は聞いていた。
何者かにより一家が惨殺されそれは酷い有様だったということと、殺された者の特徴を口さがない噂好きの連中は面白そうに尾ひれをつけて話していたのを何度
か拳で黙らせたこともあった。
事実かどうか、犯人は誰なのか。
やる気になれば確認できたかもしれないが、流れ者の異邦人である自分と王都の中枢に名を連ねていた貴族令嬢ではあまりに身分が違いすぎて当時の自分にはど
うすこともできなかった。
・・・いや、本当のところは確認してその事実を現実とするのが嫌だったからかもしれない。
ただ、自分が見知った幼い姿が儚く命を散らせた事実に言い表せないほどの無力感が募ったのは嘘ではなかった。
「・・・」
その後の経緯を聞き出せば、ユリウス団長が命の恩人で後見人だの、他の団で腕を磨いていただの、ヤミの存在を結構最初から知ってただの。
問い詰めればそれだけ出てくる新情報の数々に、腹が立ちすぎて聞くのを諦めた。
と、物思いに耽っていればいつの間にか見つめられていたことに気付き、ヤミは眉間にシワを寄せた。
「んだよ」
「いえ、年寄りじみたことを考えてるような顔だなと思って」
「失礼なヤツだな」
「私の気持ちを理解いただけたのなら何より」
からからと笑った
は手元のノンアルカクテルを傾ける。
自身の言葉が最初のやり取りと同じことに気付いたヤミはむっとしたようにビールを傾け続けた。
「歳食って口だけは達者になったな」
「否定はしませんけど、私より歳上の人が言っちゃまたブーメランですよ」
「よしこの話し止めだ、飲むぞ」
そう言ったヤミは
の手元のグラスを取り上げ、自身と同じ琥珀色のグラスへと強制的に交換した。
飲みかけのグラスを名残惜しそうに見ていた
は口元をへの字に曲げる。
「これから仕事だって言ってるのに・・・」
「今の任務だっつーの。ほれ飲め」
「飲酒が任務なんてあり得ませんけどね」
口ではそう言いながらも、長い付き合いから抵抗するだけ無駄なことを知っていた
はグラスを隣と打ち鳴らした。
杯を重ね雑談を挟んでいきながら、ヤミは報告を受けた後のことを話題にした。
「つーか、お前のこの後の任務って聞いただけでも詰め込みすぎじゃ・・・」
言いながら隣を向けば、器用にグラスを持ったまま、中身をこぼさずに静かな寝息をたてている
の姿にヤミは唸るように呟いた。
「言わんこっちゃねぇ」
危ういバランスを保っていたグラスを取り上げてテーブルに置き、ついでにその辺にあったリネンを引っ掴むと
にかけてやる。
そしてジョッキに残っていたビールを一気に流し込むと、ため息をつきながら再び隣を見下ろした。
「ったく、気張り過ぎだっつーの。俺は楽できて有難いがな」
顔にかかる髪を払ってやれば、隠れていた傷跡が露わになる。
普段は見えにくいが、過去の傷の大きさを物語る頬から首筋、さらにその先にまで続く傷。
助けられた経緯は聞いたが、『その時』のことは結局当人からは聞かされていない。
毎度、重要なところを端折って「死にかけましたがご覧の通りしぶとく」などと軽い調子で話すが、この跡を見る限りどう見ても生死の境を彷徨っただろう。
挙げ句に回復魔道士の腕を持ってもこれだけの跡を残したということは、相手は一般的な攻撃手段ではなかったのかもしれない。
「もう、あんま無茶すんじゃねーよ」
当時と同じように
の頭を撫でたヤミははた、と我に返り身動きを止めた。
そして軋んだ動きでその手を離すと、ガシガシと自身の頭を乱暴に掻いた。
(「いや・・・これはあれだ。ガラにもなく昔を思い出した所為だ・・・」)
誰に対してかの言い訳を心中で呟き、嘆息したヤミは自身の空いたジョッキとグラスを手にすると新たな酒を注ぐべく腰を上げる。
そして、その場の気配が遠ざかったことで小さなため息が波間に運ばれた。
「はぁ・・・そういうところだよね」
潮騒に紛れる小さな呟きを吐き、
は身体を丸めようにリネンに埋もれた。
粗暴な外見のくせに、ふとした時に人を惹き寄せる妙なところが毎度参ってしまう。
後見人から面白い団員が居る話を聞いて、それが彼だと知ったのは結構最初だった。
会いに行けばいいと言われながらもそうしなかったのは、どんな顔をして会えばいいのか分からなかったのと、噂で聞く彼の実力に自分はあまりにも不釣り合い
だったから。
だから戦闘力も極力磨いたし、それ以外も伸ばせるだけは伸ばしたつもりだったが、そうしていくうちに今度はタイミングを逃し続け今更どの面下げての心境に
なっていたときに聞いたのが、彼の新団設立の話だった。
(「私のために心を痛めてくれたことが嬉しかったからこうしてるなんて、口が裂けても言えないな」)
移籍の話も当初は断っていた。
彼の隣に相応しい実力者の騎士はたくさんいる。実力が劣る自分ではきっと見合わないから、と。
『騎士である以上戦闘力は確かに必要だけど、戦闘力だけがその者を決める実力じゃない。彼ができないことをできる君は彼からしたら十分な実力者だよ』
だが、後見人の言葉はいつも優しくそして力強く背を押してくれた。
きっと見透かされていた自身の気持ちに対しての応援もあったのかもしれないが。
「うわ、もう起きたのかよ」
本日すでに見飽きたドン引き顔に、包まっていたリネンから顔を上げた
は憎まれ口を返した。
「起きちゃ問題があるリアクションですが、私が起きてて不都合なことをやりたかったなら個室でお願いします」
「んな寝不足顔じゃ雑魚に足を掬われるって意味だよ」
「いやいや、十分なお昼寝ですよ」
のんびりと起き上がりかけられたリネンを畳んだ
は、乱れた髪を結い直し伸び上がった。
そんな
をまるでおぞましいものでも見るような顔を向けたヤミは続けた。
「お前、普段どんだけ寝てねーんだよ」
「私の場合、時間じゃなくて質が大事なんです」
「質だぁ?」
「心から安心できるヤミがこうして居てくれたおかげで全快ってことですよ」
「・・・」
「それにこちらにお住まいのクマちゃんとは生涯の付き合いなので次から酷いこと言わないでください」
「お、おう・・・」
自身の目の下を指した
に迫られたたヤミはたじろぎながらもどうにか頷き返す。
その反応に満足したのか、
は間近に迫っていた距離を置くと自身の外套を手にし三本の指を立てた敬礼を見せた。
「それではヤミ団長。どうぞご武運を、そしてどうかお気を付けて」
あっという間に騎士の顔へと変わった
は外套を羽織りその場を後にした。
その場に一人となったヤミは、つい今しがたのやり取りの雑念を払うべく大きく息を吐いた。
「・・・ったく、そういう事を気軽に言うんじゃねーっつーの」
不意打ちに込められた幼馴染としての短いやり取り。
歳甲斐もなく熱を持った気がしたのは、酔った所為とういことにして新たなビールで熱ごと押し流すことにした。
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2025.05.30