「よし。この辺りの強魔地帯の確認は終わりっと。以前よりも随分ガラが悪ーー」
「精が出るね」
「!」

突然、背後から響いた声と気配。
は 瞬きの間に記録用の魔導具から手を離すと同時に、腰元の得物を抜刀し背後へと叩きつけた。

ーーギィーーーンッ!ーー

辺りを裂く甲高い金属音と火花が散り、潜んでいた野鳥が危険を察して逃げ出す。
しかし、周囲に意識を散らすことなく先制が防がれた は 動じることなく、弾き返した反動を利用して両者の距離は空いた。
時間にして数秒。
対峙する両者の間に短い滞空時間を終えた魔導具がコトリと落ちる軽い音が上がる。
再び斬り合いが始まるかに見えたが、 の 方が不満そうなため息をついたことで幕は降ろされた。

もう・・・毎度毎度毎度、私を試すみたいにいきなり出てくるのやめ て下さいよ」
「腕は鈍ってないようだ、感心感心」

からかいが含まれる言葉の端々。
どうして上司達はこうした敵がするような不意打ちをこちらを試すようにやらかしてくるのか。普通に顔を合わせることが少ないって同じ団員としてどうなんだ ろう。
うんざりとする表情を隠すことなく、愛刀を鞘へ収めた は フードを目深に被った侵入者へ口を尖らせた。

「ご無沙汰しております、ナハト副団長」
「久しぶりだね」

















































































































ーー副団長ーー
























































































































両者は手近の幹が倒れた場所で腰を下ろす。
は 手慣れた様子で周囲に防音と目くらましの結界を張った。

「相変わらずいい腕だ、あの団には勿体無いな」
「それより、こんなところで油を売っている暇があるんですか?」

いつもの嫌味が始まる前に手持ちの軽食を相手に放って用件を促す。
本来ならこんな所をほっつき歩いて良い人では無い。自分以上に忙しい御仁がこの場に居るなら相応の理由があるはず。
が 居住いを正し当人からの口火を待てば、投げられたリンゴを齧りながらナハトは口を開いた。

「情勢確認だよ。ダイヤモンドがちょっかい出してきたらしいじゃないか」
「把握されている通りです。金色が対応し騎士団への人的被害は軽微、街の復興は予定通りですよ」
「暴牛も首を突っ込んだって聞いてるよ」
「そこまで事を荒立てていませんよ。気になるなら団長に伺ってみてはどうです?」
「僕はあいつが嫌いだって言ってるだろ」
「副団長が何を仰ってるんですか」
「だから君が居るんだろ」
「私の正式な肩書はあくまで代行です。設立初っぱなに行方をくらませてくれたから仕方なくじゃないですか」

そこまで言って、 は 疲れたようにため息をこぼした。

「そろそろ団へ戻ってはどうです?」
「嫌だ」
「・・・はぁ」

間髪入れず即答された子供のような返しに重いため息が響く。
このやり取りも飽きるほど繰り返しているが、毎回色良い返事が貰えた試しが無い。

「私では役不足だと思うんですけど」
「十分回ってるだろ。あいつらの尻拭いができてなきゃあんな団早々に潰れてる」
「事務方に専任でできる人を入れれば良い話では?」
「あの連中のやらかしに耐えられる事務員があの団に来るわけ無いだろ」

酷い言葉ではあるが、否定できない。
設立当初にその案を出した覚えがあるが今思えば愚策としか言えない。
というか、行き過ぎた器物破損に賊への行き過ぎだ鎮圧行為。
任務の報告書より始末書の方が多く、それらしい理由を絞り出すのもなかなかな労力が要る作業だ。
だが、当人の感情はどうあれ は 繰り返してきた言葉を改めて重ねた。

「どうあっても戻る気はないってことですね」
「分かりきったことを確認する必要はないだろ」

にべもなし。

「まぁ、いい歳の大人相手にこれ以上は言いませんけどこれだけは」

すんなりと引き下がる姿勢を見せた だっ たが、ダメ押しの一言を続けた。

「あなたが黒の暴牛の副団長である事実は変わりません。あなたが戻るまで副団長の席はお預かりしますけど、いずれお返しすることだけはお忘れなく」

真っ直ぐにナハトを見据える意志の強さを秘めた紫電を含んだ黒曜石の瞳。
何年も同じ押し問答をしても折れず、諦めを知らないことは知っていた。
特に己がこうと決めた事には立場が上であっても頑なに譲らない。自身が受ければ良いものを、相手にとってのベストとなると思えば殊更引かないのがこの黒の 暴牛団副団長代行の姿だ。

「まったく・・・君は相変わらず良い人間だね」
「やめてください。仕事だから職務を遂行しているに過ぎません」

顔を歪める に いつもの薄い笑みを消したナハトは聞いているのか分からないようなひらひらと手を振るに留めた。
そして、その後も短い情報交換を終えると両者は腰を上げた。

「そうだ、ついでにお知らせしておきます」

再びこのあとのための身支度を整える に ナハトは黙って先を促した。

「近日中にテロ集団の殲滅に動き出します」
「どこの団だ?」
「構成は一応、騎士団で選りすぐったメンバーです。うちからも新人含め選抜されているので戦力的には問題はないはずかと」
「そう願いたいものだな」

蔑みを含ませる物言いを聞くに、どうやら本日の用件はこの件だったようだ。
先日起こった、王都襲撃は少なからず騎士団の信頼を揺らがせた大事件に発展した。
国民に公表してない本来の真相も は 把握しており、無論それはナハトにも共有済みだ。

「憂慮せずとも王都の人員配置の采配は見直されていますので、前回のような失態は無いはずですよ」
「やらかせば現団長が無能共だったというだけだ、せいぜいあとでいびり倒してやるさ」
「これからクローバー国内が騒がしくはなるでしょうから、そちらの国で大きな動きがありましたらお願いします」
「了解した」
「それと必要経費についてはいつもの方法で手配済みです」
「お人好しが過ぎる、前回のは多過ぎだぞ」
「状況的に入り用でしょう。あなたはそれだけのことをなさっているんですから」

その言葉に常時薄い笑みを浮かべるナハトは苦虫を噛み潰した表情を返した。

「こっちにまで気を遣うな。ただでさえ死にそうな顔をして今に過労死するぞ」
「コレは生まれつきなのでそれこそ気遣い無用ですよ」
「強情な奴だ」
「副団長を真似てますもので」
「おい」
「嫌だと言うなら今後私が直接お届けに上がりましょうか?」

穏やかな笑みの裏にあるのはもはや脅しだ。
そんなことをされた日には隠密行動をしている意味が水泡に帰する。
そもそも国を隔てているというのに、こちらの状況を見越したような立ち回りをするにはそれ相応な情報が必要であり情報は自ら転がり込んでこない。
必ず相応かそれ以上の行動が必要になる。
問題有り余る団の管理と現状以上の手間をかけさせれば間違いなく倒れるだろう。
だが、目の前の騎士は口先だけの貴族とは違う。
無理を押してでも口にした行動は完遂することを身を以て知っているナハトは根負けしたように一つ嘆息した。

「・・・支援には感謝する」
「恐縮です」

たおやかに会釈を返した は、 結界を解除する。
すでに互いにフードを目深に被り顔を隠している。

、 また留守の間を任せる」
「はい、ナハトさんもどうぞお気を付けて」

頭を下げ再び顔を上げれば、まるで消えたようにナハトの姿は無くなっていた。
誰に見られているか分からない以上、肩書きを口にすることはない。
互いに単独で任務にあたってるが故の当然の振る舞いはもう身に染み付いていた。

「さて、じゃぁ次のタスクを処理しますか」

鈴の音の声がそう響けば、その姿はフッとその場から姿がかき消えるのだった。


































































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2026.02.02