箒の上から遠目に見える姿をヤミは捉えた。
木に寄りかかりうつらうつらと船を漕ぐ様子はとても警戒心のカケラも見えない。
そんな無防備な相手目掛け、腰に携えた長刀を抜き落下速度も利用した一閃を振り下ろした。

ーードゴーーーンッ!ーー

耳を覆わんばかりの騒音と衝撃が辺りに響き渡り、それに驚いた小鳥達が抗議するように鳴きながら周囲へと散ってく。
そして無警戒な状況で哀れに散ったその者の無様を見るべく足を踏み出そうとした。
その時、

「ちょっとー、少しは場所を弁えてください」

土煙の中から響く、間延びした声。
姿なき主は言葉の端々に非難を含めさらに続けた。

「一応、観光地なんですから。騒ぎになったら面倒じゃないですか」
「腕がなまってないかの確認だ」

にべもなくバッサリと切り返してやれば、顔は見えなくとも心底困り顔となっていることが分かるため息が響いた。

「なら迷惑物騒な確認方法やめてください、私の仕事が増えます」
「この方が手っ取り早いだろうが」
「そうですか・・・」
ーーパチンッーー

乾いた音が一つ響けば辺りの視界は一気に晴れた。

「ご覧の通りですが問題でも?」

しかし、目の前にいると思われた声の主の姿は無く、いつの間に移動したのか背後から剣の切っ先を向けられていたことで、ヤミは凶暴な笑みを肩越しに向け た。

「よっ」
「ご無沙汰してました、ヤミ団長」

















































































































ーー有能x有能ーー
























































































































片側にゆるく結いまとめられた髪が魔法の余韻でふわりと揺れ、黒曜石の中にうっすらと光る紫電の瞳がまっすぐにヤミを見据える。
羽織っていた外套からのぞくヤミと同じ黒の暴牛と同じ団服をまとった妙齢の女性は突きつけていた刀を腰元へと戻すとぺこりと軽く会釈を返した。
そして、再び顔を上げてみれば同じく刀を鞘に収めたヤミが呆れたように自身の目元を指しながら口を開いた。

「相っ変わらずひでぇ面だな」
「それはどうも」
「褒めてねぇよ」
「知ってます。仕事の話しを進めていいですかね」
「淡白なヤツだな。久しぶりに団長の俺に会ったってんだからもう少し嬉しい顔しろや」
「抱き付いてはしゃいで欲しいなら私よりもう一人の副団長の方が絵面は面白いですよ」
「いや、それはキモいだろ」
「じゃ、仕事の話を進めさせてもらいますね」

暴言やからかいを華麗にスルーした はくるりと背を向け、腰を落ち着けて話せる場所、先程ヤミの暴挙によりできた即席の椅子へと腰をかけ、この場に来 ることになった調査結果を話し始めるのだった。

「とまぁ、連絡もらってた件をざっと調べた感じだとこれくらいですね。とはいえ実際に立ち入れない以上、大した調査はできなかったですけど」

大した調査ができなかったにしては、事前に調べておきたいことは全て網羅された報告だった。
自身が両断した木の幹に互いに腰を下ろし、滔々と語られた報告結果を聞き終えたヤミは情報を吟味するように腕を組んだ。

「問題があるとすりゃぁ、マナがどれくらいまで弱まるかだわな」
「ですね。満月で弱まるとはいえ、それも通常に比べたらという感じですし。ただ上級魔道騎士でも立ち入れないという話は本当でしたね」
「あ?なんだそりゃ、ラクエに居たそいつから聞いたのか」
「いえ、昨日試しにやってみたら防御魔法が速攻砕けて危うく溺れ死ぬところでしたよ」
「おま・・・」
「ま、属性の問題もあるでしょうが、現時点で言えることとしては海底に辿り着くまでがひとまずの難所でしょうね」

あっけらかんとした様子での事後報告をしてみれば、合いの手が入らなくなったことで が顔を上げてみると、久しぶりに見た渋面に原因が分からずこてん と首を傾げた。

「どういう顔ですか?」
「いや・・・お前はそういう奴だった。今更だからもういいわ」
「そうですか、じゃ報告は以上になります」
「ま、ノエルの奴なら大丈夫だろ。あいつの潜在能力に賭けてみるさ」

そう言ってヤミが白い煙を吐き出せばその煙を魔法で形を変えつつ、耳に新しい名前に は新たな話題に移った。

「確か今年入った子の一人ですね。水魔法の使い手だとか」
「おう、プライドの塊の末の妹な。タカビーな所が兄貴そっくりだぞ」
「それはまた。王族に連なるなら魔力量も相当でしょう、将来が楽しみですね」
「もう一人いんぞ。身長と声のデカさが反比例してる元気小僧な」
「噂の反魔法を使う男の子ですか。賊の標的かもしれない未確定情報を掴んでますので、どうぞ注意してください」

の手元の白い塊は面白いくらいに形を変幻自在に変えていく。
丸や四角、果てには動物らしい造形までを器用に形作っていくその手元に感心が向きそうだったが、それ以上に今しがた聞かされた内容にヤミはドン引き顔を浮 かべずには居られなかった。

「・・・」
「今度はなんです?その顔」
「いや、お前の情報把握力おっかねぇなって」
「どこがですか」
「お前はまだあいつらに会ってもいねぇだろうが」
「何を今更」

ヤミの言葉に呆れた は手元の元は煙だった塊にふっと息を吹きかける。
すると先程よりも細部まで形作られた元は煙だった物体は、小鳥へと変わりまるで本物のように羽ばたくと空へと飛び立って行った。

「これくらいできていないと、誰かさんは書類地獄で机に縛り付けられてることになりますよ」
「ほー、そりゃ大変だな」
「やりたいなら回しますけど?」
「死んでもゴメンだ」

にべもなく豪語したヤミにその答えを知っていた は小さく笑うだけに留めた。
そして、用事が済んだことで腰を上げる。

「では、私はこれで」
「待て」
「もう報告はありませんけど」
「この後、予定は?」
「次の定期ポイントで情報収集ついでに近隣村での任務、アジトに戻って定期検査と報告書と請求書の整理、あの方から受けた用事を済ませた後に副団長から のーー」
「あーもーいいわ。どれくらい時間余ってる?」

指折り続けていた を遮り、同じく立ち上がったヤミから問われれば、顎に指を付いた はしばらく思案し呟いた。

「そうですね、半日くらいなら」
「よし、じゃぁ少し付き合え」

くるりと観光地へ歩き出すヤミに、報告のために張っていた結界をすぐに解除し小走りで後に続いた。

「他にも任務があったんですか?」
「おー、だからさっさと来いよ」

足並み軽いヤミの後ろに付き従いながらも、過去のよろしくない経験から は釘を刺した。

「ギャンブルだったら減給報告の上、引っ叩きますからね」
「ラクエまで来て行くかよ。っつーか、減給はマジでやめろ」

肩越しに苦虫を噛み潰したような表情で睨み返すヤミに は負けじとジト目で返す。
付き合いのない者が見れば悲鳴か脱兎の二択しか無い荒々しさだが、長い付き合いとなっている両者では単なるいつものやり取りでしかない。
しばし無言の火花が散っていたが、ヤミはタバコを一吸いし続けた。

「どうせ観光らしいことしてねぇんだろ。少し付き合え」
「いや、私は仕事で来ただけなんですが」
「半日は遊べんだろ」
「任務なら時間作れるって話しです」
「なら団長のご機嫌取り任務な。拒否権は無ぇ」

にやり、と傍目には凶悪としか表現されない笑みを浮かべたヤミに は目を瞬かせる。
言い方も態度も問題があるが、その裏にある意図も汲めたことでふっと小さな笑みがこぼれた。

「じゃ、お言葉に甘えます」


































































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2025.05.30