ーー橋渡し役ーー
「「あ」」
都内のとあるカフェの店先。
互いに驚きが重なった声が上がる。
テラスのテーブルカウンタで互いに並ぶと、口火を切ったのは彰良だった。
「珍しいところで会うね」
「提携先から応援要請あってね。しばらくはこの近くのxx病院で救急応対することになったの。そっちは?」
「フィールドワークの帰り」
「へぇ、じゃぁ深町くんも?」
「いや、この時間はまだ講義受けてるから」
「そう、さすがは現役大学生ね」
「まぁ冬休み前だしね」
短い近況報告を終え、互いに注文したカップを傾ける。
しばらくして、今度は
の方が話を振った。
「冴えない顔色ね。寝不足でも続いてるの?」
「え?ううん、そんなことないよ」
「ふーん・・・」
人当たりの良い笑みを返され、気のない返事を返しながらも
はしばし考えた後、確信7割推測3割の話題を投げた。
「いい歳した中年のおっさんなんだから、さっさと仲直りした方がいいんじゃない」
その言葉に彰良から驚き顔を返されるもすぐに整った表情は不機嫌そうに歪み口を尖らせた。
「・・・健司から聞いたの?」
「なんだ、本当に喧嘩してたんだ」
僅かな驚きとからかいを含んだ
の返しに、カマかけだったことが分かった彰良はむっと表情を曇らせた。
「もしかして
ちゃんって暇?」
「は?敏腕ドクターが暇な訳ないでしょ、どっかの准教授と一緒にしないでくれる」
「でもこんなところにいるじゃん」
「あのね、休むのだって仕事なの。コーヒーも飲めなくなるほど仕事したら医療ミス起こすわ」
辛口の切り返しを受けた彰良は、反論の余地が無いため仕方なく飲み物に口をつける。
恐らく中身は頭痛がするほど甘いココアなんだろうな、とわずかに香る甘ったるい匂いにそう予想しながら先程の話を突っ込まれたくなさそうな隣にあえて直球
をぶつけた。
「夫婦喧嘩も大概にしないと周りが迷惑するわよ」
「ごほっ!ちょっ!誤解されるような言い方止めてよ!」
「どこが誤解よ。長年連れ添った熟年夫婦感出てるってのに」
なかなかのクリーンヒットな上々の反応に
は口端を上げさらに続けた。
「苦労症の健司くんは世話焼きの嫁役だけど、時と場合でポジション変わるって面白い夫婦よね」
「面白くないし夫婦じゃないよ」
「そして深町くんは息子か〜、大人げない二人を目の当たりにしてるだろうから、的確な指摘を入れてきそうで良いバランスじゃない」
「それは・・・」
勝手に話を広げて新たな人物も巻き込んで言ってやれば、彰良の方は過分に心当たりがあるのだろう、反論は尻すぼみとなって消えていく。
その後、もう口を開くまいとしているような憮然顔をカップ越しに見た
は構わず続けた。
「品川の事件」
ピクリと反応したのを目敏く見留めると、予想は外れていないことが分かりさらに踏み込んだ。
「あんた関係してたでしょ」
「してないよ」
「そういう下手な嘘は学生相手にしか通じないっつーの」
すでに裏が取れていることを向こうは知らない。それ故に強気に出れる
は続ける。
「喧嘩の原因はいくつか予想つくけど、長引いてるからいつもの危なっかしいことに首突っ込んだ件だけじゃないんでしょ?」
「・・・」
「私も話したく無い相手に深く突っ込むつもりはないし、どっちの擁護もする気はないけど。健司くんはただ彰良くんを心配してるって根っこがあって、彰良く
んは自分の譲れないことがあるからそうやってぶつかってんでしょ?」
「・・・」
「別にどっちが悪いとも思わないし、どっちが正しいとも思わないけどね。他人の優先度が違うのは当然だし、そこが論点になったら争いになるのも必然だし殴
り合いでもお好きにどうぞだし、私は首突っ込む気はさらさら無いし」
ただ、そう続けた
はからかいも呆れもない瞳で隣の彰良を見上げた。
「感情をぶつけて疎遠になるくらいなら、取っ組み合いでもやって本音で語ってきたら?どうせ二人して腹割って話してそうなったんじゃないだろうし」
普段なら言い諭されてもなかなか受け入れ難いが、どうしてかこの友人から言われると毎度痛いところを突かれ、そして自分でも分かっていることを明け透けに
されるようで言い逃れができない。
たまに同い年であることさえ疑ってしまうような、妙な説得力を持つ言葉に彰良は不服そうに口元をへの字曲げた。
「・・・ねぇ、
ちゃんてエスパー?」
「そんな能力あったら残業してないわよ。患者の嘘に振り回されて診断が迷走する外科医の苦労を准教授様に味あわせてやりたいわ」
「え、ごめん・・・」
「あー、そう思うと深町くんの特技は医療現場にはありがたいわね。警察畑みたいな荒っぽいところよりは幾分平和な医療方面に進路変更してくれないかしら」
「深町くんは僕の助手だからダメ」
「まだ専攻決めてないんでしょ?息子の過保護は良くないんじゃないの」
「だ!だから、僕たちはそういうんじゃないって!」
「はいはい、分かった分かった」
一通りからかい終えたことに満足したのか、
はカップ片手に立ち上がる。
よく見れば、トレンチコートを引っ掛けて入るがコートからのぞく足元は病院を抜け出したことが分かるメディカルウエア・ケーシーだった。
「彰良くんがそういう風に付き合える貴重な友人なんだから、頭冷やしてさっさとよろしくやんなさい。じゃお先」
トドメの一言を彰良に告げた
はスタスタと足早歩き出す。
カップの中身も重そうなところを見ると、これから多くの患者を相手にまだまだ仕事が詰まっているのだろう。
そんな中でも、友人である自分とその相手を不器用な言葉で背中を押してくれる。
彰良は雑踏に紛れそうなその背を呼び止めた。
「
ちゃん!」
「んー?」
間延びした声で肩越しに
は振り返る。
彰良は最初よりも曇りが取れた表情で笑い返した。
「ありがとう」
「ん。無茶して運び込まれたら覚悟しときなさいよー」
カップを持った手を上げてそう返した友人に苦笑を浮かべると彰良は手元のココアを飲み終える。
そして、よしっと気合を入れるように呟くと大学へと戻るのだった。
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2025.03.29